はじめに多少日本語がおかしい部分があります。それと、以下の内容は私の見解なのでご了承お願いいたします。

ろう者

私は障害を持っている。何の障害なのかというと、聴覚障害2級です。
1歳半のとき、背骨にばい菌が入っていて手術を受けた。そのあと?その前?に高熱していたため聞こえなくなった。
4歳のときからずっと手話を教わり育ててくれました。
あの頃は手話禁止でした。もしかすると2歳かも知れない。
早期教育部から高等部までずっとろう学校に通っていて、自分は手話を使うことで知らない人に見られても恥ずかしくなかった。私以外の人は性格や気持ちの問題により、手話での会話を知らない人にジロジロ見られたくないなぁ。と思う人は少なくない。

学校

学校でキュードスピーチを加えて口話はできるのですが、相手と話すとき通じ合えると幸せです。
今でも変わらずに通じ合えると幸せです。今では筆談と身ぶりと表情、そして手話でのコミュニケーションを使います。
それは私にとって当たり前です。
他の人は違うコミュニケーションを使います。例えば、手話より口話や読話とか使います。
えー、聞こえないのに口話を使うの??と思うかもしれませんが、基本的に聴覚障害は聞こえのレベルによって級ごと変わります。しかし、2級の人でも小さいとき発音訓練を真面目に受けた人は大体上手に発音できる人がいます。
必ず同じではありません。
10人がいれば、10通り。

フリースクール

学校以外、交流をしていました。
ろう児のフリースクールや手話サークル、友達と遊ぶなどをしていました。
フリースクールは今でもありますが、この言葉は代名詞として学習塾やNPOなどの会社を設立して行っています。
目的はもちろん自立できるため指導して下さる。小学生から高校生までの人がいてリーダーになってまとめたり、下の子を世話したり、清掃したり、料理したりして身につけるスキルを学ぶ場でした。それだけではなく、地頭力や国数社などの勉強もしていました。私にとって過酷でしたが、今になってタメになりました。
賢くなるために勉強するわけではない、あくまで最低限の学力を付けるだけ。社会に出て恥をかかないように成長していく過程の一つもあります。
今に分かりました。
実は、あの頃に入ったフリースクールは先駆けで1期生として約11年間に育ててくれました。
仲間らと協力し合い、達成になる度に喜び合う。
自由度はあったけど、指導と環境はとても厳しいでした。でも、今になってあらゆるスキルを身についてるからこそ今活かしてる。

教育

手話は当たり前のように会話してこられたが、フリースクールのとき仲間らと話すとき表現仕方が似ているそうで似ていない。品のある表現、知性に見える表現、ごく普通の表現などの表現がある。一人ひとりの性格が出てる証です。
仲間たちはどうやって手話を覚えてるのか、改めて考えてみたら自然に吸収して覚えてアレンジして表現します。
日本語も話し方も同じです。
1つだけ分かったことは、学力のある人は四字熟語など難しい漢字や言葉を強調的に指文字を使います。私もその度に言葉を覚える機会が多くなり語彙数が増えたきっかけがここにありました。
「てにをは」の助詞はどう覚えたら良いのか、本当に難しいです。私もたまに間違いますが、文脈のパターンをみてどう助詞を入れるのか覚えるしかない。と、今思っています。

アイデンティティ

ろう者でよかった。
生まれ変わったら聴者になりたかった。
話せるようになりたい。
もうちょい聞こえるようになりたい。
など想いがあるだろう。
私は生まれ変わっても同じ自分になりたいです。過去に辛いことがあったけど過去は宝物となって経験を積んだからこそ胸を張って生きていける。こうやって今でも考えることができるのですが、学校の時はそこまで考えたことがありませんでした。
「もし聞こえるようになる薬があったら飲む?」と言われたことがあった。「飲まん」とすぐ答えた。
なぜろう者でよかったのか、なぜ手話がよかったのか、考えていませんでした。
当たり前に過ごしてきたから。
手話はもちろん、もし通じなかったら手話以外のコミュニケーションを使えばなんとかになるので、ろう者でよかった。というより、私でよかった。と、思っています。

手話は福祉

手話は福祉だと周囲の人に言われたことがありました。
なぜこう言われたのかというと、手話はろう者のコミュニケーションのツールの一つなので、聴者たちは無関係だと思い、福祉として見ているからです。手話イコール聴覚障害者となっているので、福祉という概念を持っている。世の中は甘くないです。現実を受け入れるしかない。

それでいいのか。良くないのか。結局、相手にどう思うのか自由にしてあげることにしました。
しかし、ろう者はたくさんいてみんな同じ考え方を持つわけではないです。
勉強できる人がいれば、できない人もいる。
私はサインアートの代表者で手話を指導したり表現を豊かになるように指導させてもらっていますが、手話を売ることを一度も考えたことないです。最初から「私」を売る形にしています。

何気なく「福祉」の意味を調べたら、「幸せ」「快適」「ゆたかさ」の意味があります。
では、反対語は何でしょうか?
答えは
「戦争」ですが、あくまで定義の1つです。

手話はろう者のコミュニケーションのツールの一つで、手話は言語である。それは間違いないですが、50代や60代になったら耳が遠くなって聞こえにくくなる。なので、今のうちに覚えて身につけるとあとになると困らないだろう。手話はろう者だけなく赤ちゃんから高齢者まで幅広く学ぶことができます。あなた自身のために身につくことからはじめてみませんか。

おわり

人生をギュッとまとめていましたが、まだまだ話す内容がたくさんあります。
今回の内容はいつも考えてることを中心にしてまとめました。
1ミリでも私のことを知ってもらえたら嬉しいです。
レッスンのときはもちろん真面目に学習を行いますが、時間があまったら雑談やプチ講演を行っています。
興味があれば、是非申し込んでください。
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